海外赴任者への手続きまとめ│給与・税金・保険から健康管理まで
「海外赴任」という言葉は一昔前までは大企業の一部従業員にのみ関係することであり、大多数の労働者には無関係だと思われてきました。
しかし今やグローバル化の波は中小企業、個人経営の会社にまで広がりを見せて、海外赴任はむしろ「当たり前」の働き方だといえるでしょう。
海外赴任に関する給与、税金、保険などに関して、その重要ポイントを説明したいと思います。
目次[非表示]
- 1.海外赴任者の給与決定方式
- 2.海外赴任に関する諸手当の例
- 2.1.海外赴任手当(インセンティブ手当)
- 2.2.ハードシップ手当(危険手当)
- 2.3.その他の手当て
- 3.海外赴任者の税金
- 3.1.所得税
- 3.2.住民税
- 3.3.所得税や住民税の納税方法
- 4.海外赴任者の保険
- 5.海外赴任者の予防接種
- 5.1.A型肝炎(特に上下水道の不備により不衛生な発展途上国に赴任する人)
- 5.2.B型肝炎(特に血液に接触する可能性がある海外赴任者)
- 5.3.狂犬病(特にイヌやキツネ、コウモリなどが多く、近くに医療機関がない地域に赴任する人)
- 5.4.黄熱病(特にアフリカや南米に赴任する人)
- 6.海外赴任者の危機管理
- 6.1.病気
- 6.2.不慮の事故
- 6.3.天変地異(地震や火山噴火、津波など)
- 6.4.テロ、誘拐、戦争
- 6.5.犯罪被害(窃盗、殺人)
- 6.6.海外赴任者のメンタルヘルス
- 6.7.赴任先の大気汚染
- 6.8.危機管理も安全配慮義務のひとつ
海外赴任者の給与決定方式
海外赴任者にとって一番の心配事は赴任先の安全(治安状況)と支払われる給与や手当など金銭面の待遇ではないでしょうか? 最初に海外赴任者の給与がどのように決められるのかを解説します。
購買力補償方式
海外で勤務する従業員が気持ちよく働けて、金銭面で不利益にならないよう、国内で働いていた時と同等またはそれ以上の待遇を与えようとする考え方をベースとして作られた給与体系です。国内での購買力を海外赴任地においても保証する制度であり、国内での給与に「生計費指数」と「為替レート」を掛け合わせて算出します。
この方式は海外赴任者にも理解されやすく、また生計費指数(生計費インデックス)は民間会社から提供されており、多くの企業が採用しているようです。そして実際の給与支給は生計費を現地(現地通貨)で支給し、残りは日本(日本円)で支給するという方法が一般的です。
別建方式
海外赴任者の給与を海外法人の「給与体系」に則り支払う方法です。分かりやすい方式ではありますが、日本での給与体系とは全く別物となり、国内で支給されていた給与との整合性をとることが困難といえます。したがって最近この方式を採用する企業は少なくなっているようです。
併用方式
併用方式とは「購買力補償方式」と「別建て方式」を組み合わせたものです。中小企業で採用される場合が多く、現地給与体系での支払いを購買力補償方式で金銭的に補填しようという狙いがあります。
海外赴任に関する諸手当の例
企業は海外赴任者に対して「賃金規定」で決められている諸手当を支給します。諸手当の内容は企業ごとに違っていますが、考え方にそれほどの差はないようです。
ほとんどの企業が採用している手当は「海外赴任手当」と「ハードシップ手当」です。その他の手当は企業によって少し違っています。
海外赴任手当(インセンティブ手当)
海外赴任者にインセンティブを与えることを目的とした手当です。ほとんどの企業が採用しているようです。もちろん自主的に手を挙げて海外勤務を希望する従業員もいますが、キャリアアップのため本人が希望しなくても海外勤務を経験させることは企業にとって人材育成上重要課題であるため、海外赴任者に手当(インセンティブ)を与えています。
ハードシップ手当(危険手当)
勤務地によっては日本ほど安全でない地域もあり、「危険度」を金銭で保障しようとする意味をもつ手当です。治安の良いヨーロッパなどの先進国に赴任するケースでは支給されていないようですが、中近東、アジア、アフリカ、南米地区への赴任に際して支払われている手当です。
その他の手当て
企業によってばらつきがある手当で、金銭で支給される場合のほか現物支給されている場合もあります。赴任地へ家族を帯同する場合に支払われる「家族手当」、現地で子女に教育を受けさせるときに支払われる「子女教育手当」、本人が一時日本に帰国するため企業が負担する「一時帰国手当」、赴任や帰任手当、海外勤務者が住む住宅手当(現物支給が多い)、通勤用の車両手当(現物支給が多い)などです。
海外赴任者の税金
海外赴任で収入も気になりますが支出もそれ以上に気になります。特に気になる支出が税金ではないでしょうか。海外赴任中の税金がどうなるのか、「所得税」と「住民税」に分けてみていきましょう。
所得税
所得税支払いのポイントは「居住者」に該当するか、それとも「非居住者」扱いになるかで決まります。分かりやすく区別をすると、海外勤務の期間が1年以上あれば「非居住者」となり、日本で所得税を支払わなくていいことになります。(しかし勤務地では勤務地における所得税のルールに則り所得税を納めます。)
これとは逆に1年未満の海外勤務であれば「居住者」とみなされて日本で所得税が徴収されます。(もちろん現地で所得税を支払う必要はありません。)
住民税
住民税は1月1日に住居を有する都道府県、市町村において前年度所得に応じて課税されますので、所得税とは違って一年遅れの課税になります。
海外赴任が決まれば住民票を移しておく必要があります。 なお細かいことですが12月31日に住民票を移動させれば、翌年1月1日には住居していないということになり住民税の支払い義務は生じません。海外勤務は会社の都合で決まるものですが、もしも年末年始に海外赴任をするのであれば年末に転出届を行えばいいこととなります。
所得税や住民税の納税方法
1年以上海外勤務をする場合は、現地における所得税の納入ルールにより所得税を計算して支払います。一般的には海外勤務者は現地通貨で生計費を受け取り、日本においては日本円で給与を受け取ります。
勤務地では、この両方を所得として計上しなければなりませんので要注意です。現地で支払われる現地通貨の生計費(給与)のみが所得税ではなく、日本円で支払われる給与も現地所得税としての算出基準に含まれます。
海外赴任者の保険
海外赴任の場合は通常、親会社(派遣元)との雇用関係は継続し、給与が支払われていると思われますので、加入している社会保険(厚生年金保険、健康保険、労災保険、介護保険など)はそのまま継続されます。ただし赴任形態が転籍など雇用主が変わる場合は、今まで加入していた保険契約が解除されます。
健康保険
雇用主が変わらない場合は、健康保険は継続します(給与から天引き)。現地で医療機関にかかれば、一旦は全額負担し、後日健康保険から一定費用が還付されます。雇用主が変われば健康保険から退会する形となり、現地での公的健康保険に入るか任意の健康保険に入ることになります。
介護保険
海外赴任者は「非定住者」となりますので介護保険の支払いは不要となりますが、市町村への届け出が必要となりますので要注意です。
雇用保険
雇用保険も雇用主が変わらない場合は「継続」することになります。もしも失業した場合は、給付を受けることができます。万一海外赴任先での給与が、何らかの事情で著しく少ない場合は、ある一定の条件を満たしていれば、その前に日本で受け取っていた給与をベースに算出されることがあります。
労災保険
海外赴任により労災保険は退会となります。したがって海外赴任先での任意または強制の労災保険に入っておく必要があります。「備えあれば憂いなし」、海外で労災にあわない保証はありません。企業によっては企業が海外赴任のインセンティブとして支払ってくれる場合もあります。
厚生年金保険
雇用主が変わらず海外赴任者が給与を受け取る場合においては、厚生年金保険を従来通り支払います。そして年金加入期間にカウントされ、将来の年金支給対象となります。
海外赴任者の予防接種
海外赴任において健康問題は特に重要であり、病気予防のためにも予防接種を受けておくべきでしょう。予防接種の種類は赴任地域の環境を考慮して行います。以下、主な赴任地域と予防接種の種類に関して説明します。
A型肝炎(特に上下水道の不備により不衛生な発展途上国に赴任する人)
発展途上国に赴任する人は受けておくべきでしょう。毎年数十人が罹患している比較的発生頻度の高い病気です。日本のワクチンは有効性が高く2回の摂取で効果があらわれて、1年後くらいに3回目の接種を受ければ10年程度効果が持続するといわれています。
B型肝炎(特に血液に接触する可能性がある海外赴任者)
発展途上国でリスクが高い病気です。性行為で感染するほか医療行為(注射器の使いまわしなど)でも感染する場合があります。特に東南アジアやアフリカに赴任する場合は予防接種を受けておきたいです。
狂犬病(特にイヌやキツネ、コウモリなどが多く、近くに医療機関がない地域に赴任する人)
アフリカや南アジアでリスクのある病気です。また狂犬病は致死率が高いため、このような赴任先に行く人は是非とも予防接種を受けておくべきです。
黄熱病(特にアフリカや南米に赴任する人)
赤道直下の発展途上国ではリスクの高い病気です。また病気にかかると、その致死率は非常に高く、このような地域に赴任する人は予防接種を受けておいたほうがいいでしょう。
参照:海外渡航のためのワクチン|厚生労働省検疫所「FORTH」
その他の病気に対する予防接種については専門病院に相談してください。赴任先によりリスクが異なりますので、専門家の意見を聞くことが最善です。
海外赴任者の危機管理
企業は海外赴任にあたり従業員の安全を守る義務があり、赴任先特有の問題点や一般的な海外赴任の注意点を従業員に情報として提供しなければなりません。どこにいても同じように発生するリスクは「病気」です。病気のリスクは、実際に海外赴任で問題になる割合が高いです。以下にリスクの種類と発生頻度や地域の状況を説明します。
病気
日本にいても病気のリスクはありますが、赴任先によっては医療のレベルや衛生状態が悪いためにリスクがさらに高くなる可能性があることを考慮しておくべきです。ある統計によると海外赴任時に死亡した人の56%程度を「疾病等」が占めているというデータがあります(2017年 海外邦人援護統計|外務省)。
不慮の事故
海外赴任先の事故は「交通事故」が多くの割合を占めています。発展途上国では交通インフラが脆弱であり、また運転マナーも悪いことがありますので車の運転は注意を要します。
天変地異(地震や火山噴火、津波など)
発生頻度は非常に低いのですが、リスクとして考慮しておくべきでしょう。いったん発生すると大きな被害をもたらしますので、発生した場合の避難体制は確立しておきたいものです。
テロ、誘拐、戦争
政情不安な地域へ赴任する場合はリスクとして考慮し、いざという場合の避難方法を確立しておくべきです。
犯罪被害(窃盗、殺人)
被害の影響度は小さいですが、発生頻度が高く海外赴任者は十分配慮しておくべきです。日本ではついやってしまいがちなホテルのロビーなどでの荷物の「ちょい置き」は厳禁です。わずか1分ほどでも目を離せば盗まれる危険があります。殺人は頻度は低いですがリスクとして意識しておきましょう。
海外赴任者のメンタルヘルス
海外赴任者は働く環境が大きく変わりますので、ストレスを受ける度合いが増すことは容易に理解できます。そのような意味でメンタルヘルスはとても重要な項目だと考えられます。定期的に関係者が海外赴任者を訪問することや、逆に本社に海外赴任者を呼び戻して個別のヒアリングを行うなどきめ細かなフォローが望ましいです。
赴任先の大気汚染
急速に近代化が進む国々ではエネルギー需要が増し、また工業化を急ぐあまり大気汚染が引き起こされています。大気汚染は24時間にわたり海外赴任者に健康上の悪影響を及ぼします。健康被害のリスクを考慮しましょう。
危機管理も安全配慮義務のひとつ
日本のようにある程度成熟した国であれば、病気や交通事故など特定のリスクは一定程度あるのですが、その他の特殊事情によるリスクはほとんどないといっていいでしょう。 しかし、地球上にはいろいろな時代背景をもつ国が存在しています。様々なリスクを最小限にする配慮は企業をあげて行っておくべきです。それが海外事業を展開して大切な従業員を海外に派遣する企業の安全配慮義務といえるでしょう。