
カスハラとは?その実態と対策を徹底解説
テレビやインターネットのニュースでカスハラ(カスタマーハラスメント)という言葉を
見聞きする機会が多くなってきました。顧客による従業員への暴言や過剰な要求は、
今や日本の社会問題として考えるべき問題になりつつあります。
この記事では、カスハラの定義や具体例、法的視点からの考察、そして企業が取るべき
対策について詳しく解説します。
カスハラの定義と背景
カスハラという言葉を耳にする機会が増えていますが、その定義や問題視されている背景を
正しく理解しているでしょうか。まずは、カスハラという言葉の意味を詳しく解説します。
カスハラとは?
カスハラとはカスタマーハラスメントの略称で、顧客が従業員や企業に対して行う
過剰な要求や暴言、攻撃的な行動のことを指します。カスハラの具体例には理不尽な要求、
執拗な苦情、暴言や暴力、SNSでの誹謗中傷などが該当し、特に接客業をはじめとする
サービス業で問題視されています。こうした行為は、従業員の尊厳を傷つけ、業務を妨害する
悪質な行為です。
カスタマーハラスメントに該当する例
・身体的な攻撃(暴行、傷害)
・精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言)
・威圧的な言動
・土下座の要求 ・継続的な(繰り返される)、執拗な(しつこい)言動 等
(要求内容の妥当性に照らして不相当とされる場合があるもの)
・商品交換の要求 ・金銭補償の要求 ・謝罪の要求(土下座を除く)
カスハラが社会問題化した背景
カスハラが社会問題として注目されるようになった背景には、いくつかの要因があります。
高度なサービスを求める顧客心理が拡大し、過剰な要求や不満が増加したことが
理由の1つです。サービス競争が激化する中で、「顧客第一主義」が誤った方向に強調され、
一部の顧客の身勝手な振る舞いを助長してしまったと推察されます。
また、日本には古くから「お客様は神様」という考え方が根付いています。
顧客サービスの向上に力を入れてきた企業が、この考え方を大切にしてきました。
しかし、一部の顧客がこれを悪用し、従業員に対して過度な要求をするようになっています。
さらに、SNSの普及により、顧客の不満が瞬時に拡散される環境が整ったことも、
カスハラ問題を複雑化させる一因となっています。企業が風評被害を恐れるあまり、
過剰な顧客対応に走ってしまった結果、顧客側の要求がエスカレートした一面もあると
言えるでしょう。
カスハラとクレームの違い
カスハラとクレームの違いは、その目的にあります。クレームは問題解決を目的とした
合理的な意見で、適切に対応すれば次回以降のサービス改善につながる可能性が
あります。一方、カスハラは問題解決が目的ではなく、ただ従業員を苦しめたいがゆえに
行われる行為です。クレームの場合、顧客は具体的な改善点や解決策を提示することが多く、
建設的な対話が可能です。例えば、商品の不具合を指摘し交換を求めるといった要求は、
正当なクレームと言えるでしょう。これに対し、カスハラは要求自体が非合理的で、
対応しても解決につながらないことが特徴です。
また、クレーム対応を通じて、企業は自社のサービスや商品の問題点を発見し、改善すること
ができます。しかし、カスハラの場合は、従業員の精神的負担が大きくなるだけで、
企業にとっても何らメリットがありません。
企業や従業員は、正当なクレームに対しては真摯に耳を傾け、改善に努める一方で、
カスハラに該当する行為に対しては毅然とした態度で臨む必要があります。
カスハラの具体例と特徴
カスハラの実態をより理解するためにも、具体的にどのような行為がカスハラに該当するのか
を見ていきましょう。ここからは、カスハラの代表例について詳しく解説します。
従業員への暴言
カスハラの中でも特によく起こるのが、従業員への暴言です。顧客がサービス内容に
不満を感じた際に感情的になって、従業員の人格を否定するようなことを発言します。
例えば、飲食店で料理の提供が遅れたことを理由に「お前は仕事ができない」
「店を辞めろ」などと従業員を侮辱するような暴言が、カスハラに該当します。
このような暴言は、従業員に深刻な精神的ダメージを与えます。
従業員が単に気分を害するだけでなく、長期的なトラウマとなって接客業務に支障をきたす
可能性もあります。カスハラは新人や若手従業員が特にターゲットになりやすく、
キャリアの早い段階で暴言を浴びせられるような経験をすると、
仕事への意欲を失ってしまうことも少なくありません。
執拗な要求
カスハラのもう一つの典型例が、執拗な要求です。これは、従業員からの謝罪や説明が
あっても納得せず、同じような対応を繰り返し要求する行為を指します。
例えば、「1度謝っただけでは収まらない」と複数回の謝罪を要求したり、従業員の上司も
一緒になって謝るよう求めてきたりするケースが該当します。
このような行為の特徴は、要求がエスカレートして解決が困難になることです。
最初はささいな要求から始まっても、それが満たされるたびに新たな要求が追加され、
最終的には非現実的な解決策を求めて従業員を困らせることになります。
執拗な要求は、従業員の時間と労力を不必要に奪い、本来の業務に支障をきたす可能性が
あります。また、このような対応に追われることで、他の顧客に対するサービスの質が
低下するおそれもあります。
従業員への威圧的な態度
従業員への威圧的な態度も、深刻なカスハラの1つです。
具体的には、怒鳴る、机を叩く、従業員との物理的な距離を急に縮めるなどの行動が
該当します。顧客が高圧的な対応で優位に立ち、自分の要求を通そうとしているがゆえに
見られる行動です。例えば、商品の返品を断られた顧客が大声で怒鳴り散らし、
従業員に商品を投げつけるような行為がこれに当たります。
威圧的な態度は、従業員に恐怖心を与え、冷静な対応を困難にします。さらに、周囲の従業員
や他の顧客にも恐怖を感じさせるため、店舗全体の雰囲気を悪化させます。
SNSでの誹謗中傷
近年特に問題視されているのが、顧客がSNSを利用して誹謗中傷を広めるカスハラです。
インターネットを通して情報が拡散されるため、影響範囲が広く、長期にわたって被害
が続く可能性があります。例えば、飲食店での対応に不満を持った顧客が、店名や従業員の
個人名をSNSや口コミサイトに晒し、「無能」「二度と行かない」などの誹謗中傷を
書き込むケースがこれに該当します。このような行為は、企業のブランドイメージに
ダメージを与え、売上の減少や従業員の士気低下につながる可能性があります。
SNSでのカスハラの問題点は、書き込まれる内容が必ずしも事実とは限らないことです。
時には、炎上を目的としたウソの情報が投稿されることもあり、
企業側の対応をより難しくしています。
カスハラは違法?法的視点から考える
カスハラは比較的新しい言葉ということもあって、カスハラを直接取り締まる
法律はありません。ただしカスハラに該当する行為は法律に抵触する可能性があります。
ここからは、カスハラを法律の観点からより深掘りしていきます。
カスハラ加害者が負う責任
カスハラ行為を行った加害者は、民法709条の「不法行為責任」に基づいて損害賠償を
請求される可能性があります。この条文は、故意または過失によって他人の権利や法律上
保護される利益を侵害した者に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を
負わせるものです。
カスハラの被害者は、精神的苦痛を受けて業務を妨害されたと主張できます。
顧客からの暴言や威圧的な態度で精神的ストレスを受け、通常の業務遂行が困難になったと
判断されれば、加害者への不法行為責任を問える可能性があります。
また、カスハラで受けたダメージを回復するために心療内科などにかかって
医療費が発生した場合も、損害賠償を請求できる可能性があります。
刑法で裁かれるカスハラ行為
カスハラ行為の中には、刑法に抵触し、犯罪として扱われるものもあります。
■威力業務妨害罪
暴言や威圧的行為によって業務の進行を妨げた場合、
3年以下の懲役または50万円以下の罰金が科される可能性があります。
例えば、店舗内で大声を出して他の顧客への対応を妨げるなどの行為が該当します。
■侮辱罪
従業員の人格を否定するような発言をした場合、「1年以下の懲役もしくは禁錮」、
または「30万円以下の罰金または拘留もしくは科料」が適用される場合があります。
「お前はバカか」「こんな店員はクビにしろ」といった発言が侮辱罪に該当します。
(注)侮辱罪の法定刑は2022年に引き上げられ、上記の内容になりました。
■名誉毀損罪
例えば、SNSで誹謗中傷にあたる内容を投稿した場合、3年以下の懲役もしくは禁錮
または50万円以下の罰金となります。事実無根の悪評を故意に拡散し、
企業や従業員の社会的評価を低下させるような行為が該当します。
SNSは匿名での投稿が可能なサービスもありますが、近年は開示請求を通して投稿者を
明らかにするケースが多くなってきました。
カスハラ行為から従業員を守る企業が担うべき責任
企業は労働契約法に基づき、従業員の働く環境を守る「安全配慮義務」を負っています。
この義務は単に物理的な安全を確保するだけでなく、精神的な健康も含めた広い範囲での
安全を企業に求めるものです。従業員がカスハラ被害を受けた場合、適切な対応を怠ると
企業自体が法的責任を問われる可能性があります。
例えば、カスハラ被害の訴えを従業員から受けているにもかかわらず適切な対策を
講じなかった場合、安全配慮義務違反として企業が損害賠償責任を負う可能性があります。
法律で定められたカスハラへの対策
2020年4月に施行された改正労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法)により、
企業にパワハラ防止策の義務化が規定されました。
この法律は、顧客から従業員に対して行われるハラスメントも対象に含める場合があり、
企業は具体的な対策を講じる必要があります。企業が対策を怠ると、労働基準監督署から
是正指導や罰則を受ける可能性があります。具体的な対策は後述します。
カスハラが与える影響と問題点
カスハラは、単に従業員個人の問題にとどまらず、企業全体に深刻な影響を及ぼす可能性が
あります。ここでは、カスハラが従業員と企業それぞれに与える影響と問題点について
詳しく解説します。
従業員が受ける影響
まずはカスハラによって従業員が受ける影響から解説します。
■従業員のモチベーション低下
カスハラは、従業員のモチベーションに深刻な影響を及ぼします。
理不尽な対応への負担が大きく、働く意欲が低下する可能性があるのです。
顧客からの執拗な要求や暴言に晒され続けることで、「この仕事を続けたくない」
「もう顧客と接したくない」といった気持ちが芽生えてしまいます。
モチベーションの低下の問題は接客業務に限らず、ほかの業務にも悪影響が及ぶ点です。
カスハラによるストレスや疲労が蓄積されることで、集中力の低下や業務効率の悪化に
つながる可能性があります。
■離職リスクの増加
カスハラが原因で職場を離れる従業員がいるのも問題です。
「もう同じ目に遭いたくない」と考えた従業員は離職を考えるようになります。
また、自分以外の従業員がカスハラに遭っているのを見て退職を考えることもあります。
カスハラが頻発する職場環境は、直接の被害者だけでなく、周囲の従業員にも大きな
ストレスを与えます。「次は自分が標的になるかもしれない」という不安から、
退職を選択する従業員も出てくるかもしれません。
離職率の上昇は、企業にとって深刻な問題です。人材の流出は、業務の質の低下や
人材育成コストの増加につながります。また、「カスハラが多い職場」という評判が
広まれば、新たな人材の獲得も困難になる可能性があります。
企業が受けるダメージ
カスハラによって影響が及ぶのは従業員だけではありません。
次は企業がカスハラによって受けるダメージを解説します。
■ブランドイメージへの悪影響
カスハラは、企業のブランドイメージに深刻なダメージを与える可能性があります。
顧客への対応の仕方を誤ると、企業やサービスへのイメージが大きく低下するおそれが
あるからです。例えば、カスハラをしている顧客と従業員が店舗内で言い争いをしている
場面があったとして、それを目撃したほかの顧客が店舗や企業に対して不快感を抱く
可能性があります。
さらに、SNSの普及により、カスハラ事例が瞬時に拡散されるリスクも高まっています。
カスハラ行為をした顧客が一方的な主張をSNSに投稿し、
それが多くの人の目に触れることで、企業側の対応が追いつかず、ネガティブなイメージが
形成されてしまうケースがあります。
■顧客対応コストの増加
カスハラは、企業の顧客対応コストを大幅に増加させる要因となります。
カスハラをしている人に対応するために、時間や人員のリソースを過剰に割かれることに
なるからです。本来やらなくて良い作業が発生して業務効率が低下し、結果として企業の
利益を圧迫するリスクがあります。
例えば、1人のカスハラ顧客に対応するために複数の従業員が長時間拘束されたり、
管理職が対応に追われたりすることで、本来の業務に支障が出る可能性があります。
カスハラに対する具体的な対策
カスハラ問題に効果的に対処するためには、企業が具体的かつ実践的な対策を
講じる必要があります。今回はカスハラへの対策を3つ解説します。
従業員のメンタルケア
カスハラ被害を受けた従業員をケアするためにも、
心理カウンセリングのような従業員が心身を回復できる環境を整えることが必要です。
カスハラを受けた従業員は心に大きなダメージを負っているため、適切なケアがないと、
長期的な精神的問題や業務パフォーマンスの低下につながる可能性があります。
特に重要なのは、相談窓口の設置です。窓口は設置するだけでなく、
その利用を積極的に促すようにしましょう。従業員が気軽に相談できる雰囲気づくりや、
相談内容の秘密保持の徹底など、利用しやすい環境を整えることが求められます。
従業員対応の見直し
カスハラをする顧客にどう対応するかを組織で統一することも重要です。明確なルールを
設けることで、従業員が判断に迷わなくなり、一貫した対応が可能になります。
また、独断で顧客対応をして火に油を注ぐようなケースも回避できます。
加えて、カスハラ対応の経験やノウハウを組織全体で共有することも同じく重要です。
成功事例や失敗事例を分析し、常に対応方法を改善していく姿勢が求められます。
顧客との信頼構築
カスハラ対策において、顧客との良好な関係性を構築することも大切になってきます。
理不尽な要求に応じる必要はありませんが、なるべく顧客に満足してもらうよう努めること
で、トラブルを未然に防げます。
特に重要なのは、提供するサービスのルールやポリシーの明示です。
例えば、返品や交換の条件、サービス提供の範囲などを明確に示すことで、顧客の過度な
期待や誤解を防げます。サービス利用のマナーやルールを周知することでも、
カスハラが起きる可能性を減らせます。
ただし、カスハラ対策は一度実施すれば終わりというものではありません。
社会情勢や顧客の考え方の変化に合わせて、常に見直しと改善を行っていくことが重要です。
カスハラ問題のまとめと未来への課題
カスハラは、従業員への暴言や過剰な要求、SNSでの誹謗中傷など多岐にわたり、
個人と企業双方に深刻な影響を及ぼす問題です。企業はカスハラ対策として顧客対応の
見直しはもちろんのこと、働く従業員のメンタルケアも求められます。
企業は、カスハラ対策を単なるリスク管理としてではなく、従業員の幸福と顧客満足度
の向上につながる重要な経営課題として捉える必要があります。そして、社会全体で、
より良い顧客サービスのあり方を模索し続けることが、カスハラ問題の根本的な
解決につながるでしょう。